25歳の自分が言ってたこと

この道

昔書いた文章を読み、初心に返り、決意をまた新たにする。この道でいいのだと。

原文より

みなさんお久しぶりです。誕生日ということすら忘れていたので、みなさんのお言葉頂いて初めて25歳になったことに気が付きました。本当は否応なく年齢の値が1加算される残念な日でしかないんだけど、気にかけてくれる皆様がいることは感謝です。ついでに、ちょっとだけ近況報告です。

学生時代はもう終了してしまいました。現在、**の田舎に住んでますが、どうせ家にいるだけなんで、住所なんてどうでもいいです。仕事なんですが、本配属された今、念願のソフトウェア開発やってます。やっとやりたい仕事ができるようになりました。就職は適性見て決めてきたから当たり前だけど、これが普通に面白い。最近は仕事とか遊びとかの境界がない。結局家でもパソコン向かって似たようなことしてるだけだし、何かと両立できるほど器用じゃないから。プライベートも仕事も一緒。
振り返れば、世の中には「やる前から諦めるな」と声高に叫ぶ、「意識の高い人」が多いから、根性論だって信じないこともなかったし、誘われれば何でもやってみようとしたけど、心からの意思じゃないものは結局続きませんでした。いつからか色んな物を取捨選択してきた結果、もうこれくらいしか残らなかった。人から見たら、つまらない人間に落ち着いたとしても、この喜びを味わってからでは。

コードを書いてる時だけは、心理学でいう、「フロー状態」の感覚を知ることができる。気づいたら72時間経ってたってことが現実的に起きる。

それでいて後悔なんてしないから、人生はもう大局的にこれで間違いないと思います。

そして今―

あれから3年以上の月日が経っている。3年前に考え、やってきたことをを今でも何も変わらずやっている。ただ一つ変わったことは、あの頃にはなかった明らかな”焦り”が募っていることだ。28歳というのは、決して若くはない。若者特有の無鉄砲さや、荒削りな情熱は薄れ、何もかもが粛々と進んでいく日々だ。これが大人になったということなのなら、まだ大人になることに抵抗させてくれ。熱量を失えばもう何も残らないのだから。大学時代の終盤から始まり、もうここ5年間コードを書くという行為に全てを捧げてきた。色々なものが犠牲になった。人間的に汎用であろうとするのは一つの手だった。だが僕はそれでも特化の道を選んだ。退路などない。今でもこの道を信じている。

プロダクトを世に出すということ。今まで色々なもの企画し、作ってきた。だが、世に出すという行為は簡単なことではなかった。ビジネスモデルを抑えられず出せなかったこともある。ハードウェアが作れなくて、出せなかったこともある。保守的な業界に飛び込み営業できる勇気がなくて、出せなかったこともある。性能や精度が出ないから出せなかったこともある。すでに先行者がいることにあとから気づいて出せかったこともある。上の意向で潰されて出せなかったことすら何度もある。

使われなければ、ものに価値はない。ビジネスにならなければ飯は食えない。まずはシンプルな企画とWeb でバリューチェーンが完結する製品をとりあえず世に出そうと思った。それがReal-Sitemap.IOだ。

企画から一次開発は2ヶ月で完了した。それもフルタイムの本業をこなしながら副業としてである。それだけでも、ものはできた。とりあえずでいい。リリースをするのだ。知人に見てもらい、フィードバックを得る。SNSを使い拡散する。僕の性格でも、なんとかできそうな貴重なユーザーとの接点を手繰り寄せる。フィードバックを得たら改善のループを高速で回す。もしかしたらこの製品自体は、無価値かもしれない。それでもユーザーにリーチできれば本当のニーズを発掘できる。ニーズを満たすプロトダクトじゃない。ニーズを発掘するためのプロダクトだ。今から1ヶ月は追加すべき機能もまだあるが、広報や営業に力点を置く。

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